「変われるってムテキ」を世界中に。
それが、私たちスピンズのVISIONです。
世の中に服屋さんは星の数ほどあれど
私たちスピンズは「変われるってムテキ」を伝えたい服屋さん。
自らが変わっていくことで、自分の人生をクリエイトし
ワクワクを世界に伝えていく。
このインタビューは、そんな私たちの「変われるってムテキ」物語です。
今回のインタビューはSPINNS渋谷109店小澤萌々さんにお話をお聞き致しました。
人生で初めて「自分の意思」を貫いた
ー 小澤さんが「変われた」お話をお聞かせください。
小澤:ずっと幼い頃から自分の思っていることを言えないタイプでした。
それは誰に対しても、家族に対してもそうでした。
本当は地元の中学に行きたかったのですが、親は中学受験を薦めてくれました。
姉が中高一貫の女子校に通っていたので、両親も同じように私が受験すると考えていました。
ある日、親に中学受験どうするかを聞かれた時に本当は地元の中学に行きたかったのですが
「受験したい」と答えていました。
今思うと親の期待に応えたいというのもあったのだと思います。
そして6年間、私立の学校に通うことになります。
通っていた学校は卒業後は進学のみ推奨する学校だったのですが
私は勉強がもうしたくなかったので大学に行くつもりはありませんでした。
と同時に高校一年生の時にSPINNSを知ってから「ここで働きたい」と思っていました。
小澤:でも現実は学校からも両親からも大学進学を強く薦められていました。
高校1年や2年の頃は進学に関しての話題になるとお茶を濁していたのですが
高校3年にもなると進路相談とか塾だとか話が具体的になってきて逃げられなくなりました。
心の中では「SPINNSで働きたい」という本音を秋くらいまでずっと言えませんでした。
そうこうしているうちに進路先を決めなければいけない状況になって
初めて父親に「大学行かないでSPINNSで働きたい」と伝えました。
その後も「大学行きながら働ける」とか色々な提案を聞いたりもしましたが
「フリーターとして働いて、社員になりたい」と伝えました。
この時の私の中では「SPINNSで働きたい」という強い意志がありました。
そして人生で初めてその意志を貫いた時でした。
小澤:それまでの私は小学校の頃から親の顔を伺って、言うとおりにしたら両親が喜んでくれるから
自分の意思とは違っていたとしても言われたとおりにするタイプでした。
そんな私が初めて「大人に反抗した」出来事でした。
今思えばこのことが人生のターニングポイントでした。
あの時に親の言うとおりに大学に進学していたら、きっとSPINNSでここまで働いてこれてないのではないかなと感じます。
「あの時の自分ナイスっ」って思っています。
全部親のせいにして。それでいいのか自分。
ー ずっと親御さんの願いを聞いてきた小澤さんがここまで強く意思を通したのは何故なんでしょう。
小澤:小学校も中学校も学校でイジメられていました。
その時のイジメられた理由は「自分の意思がなさすぎて、あいついっつも真似してくる」というものでした。
高校生の頃は友達作らなくていいやと「一匹狼」な状態で過ごしていました。
今思うとイジメられた経験もすごく自分を強くしてくれたと思っています。
一人でいても平気な自分をつくってくれたから。
小澤:そんな出来事を経験して進路という選択肢を選ばなければいけなくなった時に
「自分の意思なしで先に進んだら、イジメられるかなぁ」というのが蘇ったのもありますし親に押し付けたくなかった自分もいます。
自分の人生だから、誰のせいにもしたくなくて。
自分の意思じゃない大学受験をして人生を歩んだら、何かに失敗した時に「きっと私は親のせいにするんだろうな」と思いました。
実際に中学受験した後、イジメられた時には親のせいにしている自分がいました。
原因は自分のせいなのに、親に薦められて入ったから辛い毎日になったと。
でもその時「自分のせいなのに全部親のせいにして。それでいいのか自分」と思っていたから強く自分の意志を通し切れたのだと思います。
また同じことを繰り返すのイヤだな。
ー 大きな決断をしてSPINNSに入社した小澤さん。入ってからはどうだったのでしょう。
小澤:入って1年くらいで辞めたいと思っていました。
これは私の理想が高すぎて現実とのギャップに苦しんだというか驚いた時期でした。
SPINNSに対してというより一緒に働く仲間に対しての理想です。
アルバイトをしたことがなかったので働くこと自体が初めての私は、今思えば社会人経験がなかったからだと思います。
そこで苦しんだ時期だったのですが2年くらい悩みながらも働いていました。
でも、あるタイミングで自分の意見を勇気を持って伝えると店舗の異動のお話をいただくことになりました。
小澤:しかし、ここでまた葛藤する自分がいました。
いい状態でないお店から抜けて一人だけ別の店舗に行く自分でいいのかと。
同じお店で働いている仲間を裏切っていることにならないか。
悩んだ挙句「異動せず、退社する」という選択肢が浮かんだのですがよくよく考えてみると
その決断は「自分の意思」ではなくて「周りの目を気にした決断」だということに気がつきました。
そこで浮かんだのは「また同じことを繰り返すのイヤだな」と思い渋谷店に異動することを決めました。
振り返ると「自分で自分の気持ちを決断する」という高校生の時に進路を選んだ時と同じように決断できた自分がいました。
しかし、渋谷店に異動すると自分と向き合う辛さを感じてしまいます。
わたしはわたし、あなたはあなた。
ー 「自分と向き合う辛さ」とはどんなことでしょう。
小澤:異動して人間関係は良好で問題ないのですが
私自身の課題は嫌なことがあっても我慢するし、全部自分がやればいいやと思ってたり
しんどくても言えなかったり、取り繕う自分を20数年間やってきました。
そんな自分を上司には見抜かれていて「それって本当にそう思ってるの」と問われて
自分の気持ちに嘘をつくのをやめるように教えてもらっています。
我慢して生きていて一番辛いのは私自身だということを教えてもらって
嫌なことも嫌と言えなかったり、本当はこれがやりたいというのも言えなかった。
言えたのは高校の進路の時と、渋谷店に異動する時だけでした。
我慢できることは全部我慢してしまう自分がいることに気がつかせてもらいました。
ようやく最近、答えがわかってきた気がします。
小澤:結局、自分に素直になることが今の自分には凄く必要だと感じています。
例えばご飯に誘われると断れない自分がいて、自分の気持ちよりも相手の気持ちを考えてしまう自分がいて「断ったら嫌な気持ちにならないかな」を優先してしまうような自分です。
本当はしんどかったりする時もあるのですけど。
今では「私は私、あなたはあなた」という一見冷たく感じますけど自分に素直になることで我慢することが減りました。
今の自分の「素直な気持ち」に従うこと
ー 小澤さんにとって「ムテキ」とはどんなイメージでしょう。
小澤:ムテキとは「素直になること」だと感じています。
自分の素直になるということは、相手の気持ちを考えないわけではないけれど余計な周りの目を気にしなくなるというか。
私は今これをやったらどんな結果になってしまうのだろうと未来を恐れて自分の気持ちを後回しにしてました。何もしないよりも、今の自分の「素直な気持ち」に従ってやりたいことをやって、やりたくないことをやらないと決めることが、私にとっての「ムテキ」になることだと思います。
プロフィール 小澤萌々 神奈川県川崎市出身 SPINNS渋谷109店スタッフ 18歳で株式会社ヒューマンフォーラム(SPINNS大宮店)に入社。 20歳の時にSPINNS渋谷店に異動。 23歳でSPINNS渋谷店の店長を経験し現在はSPINNS渋谷店のスタッフをしています。
インタビュアー 大槻彦吾 (g5designs & Co.)